第7話 懊・悩・褌・問・答
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――某日、放課後。
部室に6人全員が揃ったところで、朱里が皆を呼び集めた。
「みんな、いよいよ正式なユニフォームが揃ったぞ」
「ユニフォーム?」
「そうだ。今までふんどしで代用してきたけど、いよいよ今日から『まわし』で相撲が取れる!」
「ほほぅ、我が陣営もなかなか本格的になってきたではないか」
「わたくしの極上ボディが更に映えるようならば、衣装替えに異存はございませんわよ」
「ふえぇ、ちょっと重くなったよぅ」
「重クナルハ少シ困ルネー・・・」
各々イメージカラーの本まわしを手に取って、口々に感想を述べ合う。
一部に重量増を心配する声もあるが、概ね好意的に迎えられたようだった。
早速まわしを互いに締め合う。姿見に写してマジマジと眺めている者も居る。
「朱里ちゃん、私たちも締めっこしよ~?」
「お、おう」
葵がワインレッドのまわしを手に取って、締め込みを手伝ってくれる。
木綿のゴワゴワした感触が最初に違和感を覚えたが、太目の股布が何とも安心感を与えてくれる気がした。
葵のまわしも締めてやり、互いに向き合って締め具合を確認し合う。自然と笑みがこぼれてきた。
「・・・なぁ、葵」
「ん~?」
「今日・・・ マジもんの一番、取るか!」
「ふふふ、いいよ~」
「手ェ、抜くなよ」
「朱里ちゃんとがっぷり四つで取れるなら、マジでいっちゃうよ~?」
「よっしゃ! 決まりだ」
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朱里はふんどしの細い股布が嫌いだった。
相手と組み合ってふんどしを取られた時、股間へダイレクトに食い込んでくる感触がどうにも嫌だった。
引き付けられた際に力が抜けてしまい、自分本来の相撲が全く取れなくなってしまうからだ。
他の部員たちは結構平気なようで、ふんどしを取ったり取られたりしても特に問題無いようだったが・・・
(自分は人一倍、感じ易いのだろうか・・・)
姫相撲部を創部した当初、朱里は真剣に悩んだものだった。
四つ相撲で力を発揮する姫力士が、がっぷり組めないというのは大きなビハインドだった。
部長決定戦で葵と対戦した時も、葵が妙な策を弄さなければ朱里は惨敗していた筈だ。
ふんどしを掴まれないために自分も掴まない・・・
いつしかハズ押しやおっつけといったテクニックを体得していたが、朱里の中では「これじゃない・・・」という感情が常に渦巻いていた。
そうこうしている内に葵に嵌められた格好で部長に祭り上げられ、部員も一人また一人と増えていく。
部活動では持ち前の面倒見の良さを発揮して部を引っ張っていたが、朱里の悩みは消えなかった。
――今から二週間前…
稽古が終わった後、葵が声を掛けてきた。
「朱里ちゃん、顔つきが暗いよ~」
「なんだよ葵、おちょくってんのか」
「そんなことないよ~」
「お前の口調は人をおちょくってるとしか思えん」
「ふっふーん。いつもこういう喋り方だよ~」
(何言ってやがる。土俵に上がると豹変するくせに・・・)
「何か言った~?」
「いーや」
「そうだ朱里ちゃん。土曜日ヒマ?」
「部活が終わった後は別に予定ないけど・・・」
「じゃあさ、私とお相撲見に行こっか~」
「ハァ?」
「『佐倉』がね、巡業に来るんだって~。プロの姫相撲、見に行こうよ~」
「・・・・・・・・行く」
「決まり! 約束だよ~、私の永遠のライバルさんっ」
別れ際に少しだけ真面目な顔になって、葵は帰寮していった。
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約束の土曜日。
部活の後、朱里は葵と連れ立って『佐倉』の巡業場所へ赴いた。
折しも土俵上では幕内力士が地元の小学生たちに稽古をつけてやっていた。
「・・・テレビだとデカく見えるけど、実物は・・・私らと同じ、いや、小さいくらいじゃないか」
満面の笑みを浮かべつつ、おてんば力士を二人まとめて相手にしている姫力士を見て朱里はつぶやいた。
朱里がプロ姫力士を間近に見たのは実はこれが初めてだった。
「あ~、小日向関は幕内で一番小兵なんだよね~。でも小結張ってるくらい強いんだよ~」
実際、幕内力士の取組で小日向は自分より大柄な姫力士を立ち合い一気の出足で寄り切ってみせた。
「おい葵。すげぇな! あの小日向って力士、小兵だけど強ぇ! ファンになっちゃうぜ」
普段は溜息ばかりついている朱里が久し振りに興奮している。
「ふっふーん、朱里ちゃん少し元気が出たみたいだね~」
「ん? いやいや、私はいつも元気だぞ!」
「ふふふ。 ・・・って、ん~、あれは?」
「どうした?」
「いや、ちょっと土俵にね~」
「と…とっくり投げ?」
茜丸の執拗な百合攻めに堪忍袋の緒が切れた小日向の、咄嗟に繰り出した荒技に観客席は一瞬静まり返った。
が、一呼吸置いて土俵を大歓声が包み込んだ。
朱里と葵も思わずスタンディングオベーションに加わり、小日向の勝利を祝福する。
「すげぇ、役力士ってすげえんだな!」
興奮した朱里がまくし立てる。
「それじゃ、朱里ちゃん、あとでヒナ関の支度部屋へサイン貰いに行こっか~」
葵はニコニコしながら言った。
「え、そんなこと出来るのか?」
「だーいじょーぶ。私についてきて~」
いつの間に用意したのか小さな花束を手に持ち、葵は小日向の支度部屋へ突撃する気満々だった。
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「・・・なぁ、やっ子。シップ貼り替えてくんね?」
「はい」
「ったく茜のヤロー、飛び入りしてきた上に百合攻めだ? チキショー、面食らったぜ」
「あいつ・・・ ここ最近真面目に相撲へ取り組んでいたと思ったんですが・・・」
「んにゃ、茜は強くなってるぜ。連戦してたっつっても、オレの当たりを受け切りやがったからなぁ」
「こんにちは~っ!」
「うおっ! な、なんだ、おめーら!?」
葵たちが乱入した部屋には、風呂上りで私服に着替えた小日向と、甲斐甲斐しく身の回りの世話をする妹弟子の2人が居た。
相手は制服姿の女子高生二人。それを妹弟子は黙って注視しており、追い出す素振りも見せない。
小結小日向ともあろう者が高校生に危害を加えられるとは思っていないのだろう。
「あの~、私たち地元の高校姫相撲部員なんですけど~・・・」
「おい、葵っ! いきなり馴れ馴れしいだろっ!?」
「ふふん、いいぜ。なかなか元気なお客さんじゃねえか。へぇ、相撲やってんのか。良いガタイしてるもんな」
二人の乱入に無意識で身構えた小日向だったが、相手がアマチュア姫力士と知って表情を和らげた。
「で、何だい? オレのサインが欲しいのか?」
「えぇ、サインもそうですけど~、この子がお話を聞いてほしいって言うんで~・・・」
いきなり話を振られた朱里は面食らった。
「ちょ、葵! なんだよ話って・・・」
困惑した朱里を遮るように向き直った葵は、一瞬だけ土俵上で見せるシリアスな顔になって言った。
「朱里ちゃん・・・ 悩んでること、小日向関にお話聞いてもらいな。ねっ」
二人の遣り取りを面白そうに眺めていた小日向は、傍らの妹弟子に声を掛ける。
「やっ子・・・ お嬢のトコ行って、撤収の手伝いしてこいや」
小日向なりに気を遣った人払いのようだった。
「・・・・・」
小日向の声が耳に届かなかったのか、妹弟子は朱里達を凝視したまま身じろぎもしない。
「おい、やっ子」
「あっ、はい」
妹弟子は後ろ髪を引かれるような顔つきだったが素直に支度部屋を後にした。
「さ、いいぜ。但しあんまし時間ねぇから手短にな・・・」
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佐倉姫相撲の一行が次の巡業先へ移動している車中――
「・・・ヒナさん、さっきの高校生は何を?」
「お、やっ子。さっきは追い出すような真似して悪かったなぁ」
「・・・いえ」
「あの茶髪の悩みってのがな、『食い込むと感じちゃう』んだとさ」
「・・・ヒナさんみたいに、ですか?」
「フフン、そういうこった。でな、よくよく聞いたら稽古にふんどし使ってるんだと」
「え、それって・・・」
「だろ? あんな柔らかい布で引き付けられりゃ食い込むに決まってら」
「・・・しかし何でまた?」
「あいつら、この春から相撲部を立ち上げたばかりで予算がなかったらしいぜ」
「・・・相撲部を、立ち上げた――?」
「ヤツらの学校、去年まで相撲部が無かったんだとよ」
「はぁ・・・ それで、まわしを買う金がないからふんどしで代用してたと?」
「ああ、だが部員が規定数に達して予算が取れたらしい」
「部員も順調に増えて・・・いやいや、じゃあ本まわしが買えるじゃないですか」
「だけどよ、あの心配性は『まわしに替えたら感じなくなりますか?』なんて聞きやがった」
「何て答えたんです?」
「『茜とオレの相撲見てたんだろ? あの通りだよ』ってな」
「や、ヒナさんは特別感度が良過ぎるんですよ」
「ちげぇねぇ。高校生にゃ刺激が強すぎたなw 顔を真っ赤にして俯いちまったよ」
「まぁだけど、ふんどしとまわしじゃ雲泥の差でしょうね」
「あぁ、だから『とりあえずまわしにチャレンジしてみろ』って言っといた。 ・・・だけどなぁ」
「何です?」
「もう一つ判んねぇコトがあるんだわ」
「はい?」
「なんで今日に限って無精者の茜がオレに挑んできやがったか、だ」
「え・・・?」
「オレの感度が良すぎるって情報を知らしめる意図があったんじゃねぇのか・・・?」
「・・・・・?」
「んんーー? ヒナっちにやっちゃん。なーんでボクの方を見るかなあ?」
「おう、茜。正直に喋っちまいな。誰に頼まれた?」
「ええー、何それー? ボクは久々にヒナっちと濃厚なハグを楽しみたかっただけだよ!」
「・・・フン、ったく食えねぇヤローだw まぁいいや。そういうことにしておくさ」
(ふぅ・・・ ヒナっちめ、変なとこで鋭いんだから)
(ブロガー仲間のあの娘から是非にと頼まれて、なんて正直に言えるわけないよ)
(まぁボクはボクでヒナっちの美味しいボディを楽しめたからイイんだけどね!)
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同じ悩みを持っていたプロ姫力士・小日向に話を聞いてもらって吹っ切れた朱里。
学園から支給された部費の遣い道第一弾は、部員のまわし購入に充てる事に決めた。
(心機一転。私も稽古をたくさん積んで、小日向関みたいな強い姫力士になりたい!)
小日向から貰ったサイン色紙を眺めながら朱里は強くそう思った。
奇しくもプロ姫力士と知己を得た朱里たち。この出会いが今後どのように発展していくのだろう・・・
そして次回。
永遠のライバル対決が幕を開ける!
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